早稲田・上落合・下落合散歩

今回の散歩、最後に訪れるエリアです。早稲田大学から戸山公園に出て、高田馬場から下落合、上落合に行きましょう。まずはこの作品から。

くらゆいあゆ「世界、それはすべて君のせい」(集英社.2017)

 早稲田大学や北区の醸造試験所跡地公園、豊島区雑司が谷周辺などの具体的描写が豊富な作品で、散歩にたいそう適しています。

 咲原貴希(さきはら・たかき)は、早稲田大学がモデルと思われる大学の2年生。映画サークルを仲間と立ち上げて活動しています。仲間たちが地下鉄東西線を利用する中、彼は都電荒川線に乗ってアパートに帰ります。また彼だけが古い携帯を使い続けるなど、独自のこだわりがあるようです。

 貴希には気にくわない人物がいます。同じ法学部に所属する村瀬真葉(むらせ・まは)です。お嬢様で美人ですが、性格は最悪。ある日ついに彼は真葉と衝突しました。警備員が呼ばれる騒ぎになってしまいます。

 真葉はしばらく大学に来なくなります。心の安らぎを感じる貴希。やがて再び姿を現した真葉は、貴希の映画サークルに入部すると言い出し、彼を驚かせます。自分で脚本まで書いたとのこと。

 その脚本はかなりの出来でした。それをもとに映画を撮ることに話は進みますが、貴希は奇妙でなりません。真葉がまるで別人のような穏やかな性格に変わっていたからです。40度の高熱を出して1週間寝込んだせいだと真葉は言っています。

 いつかまた以前の真葉に戻るかも。不安を感じる貴希ですが、目が合った彼女にニコッとされたりすると、以前にはなかった感情も生じてしまいます。さてこの2人、この後どうなるでしょうか。

 

 

森晶麿『花酔いロジック』(原題『名無しの蝶は、まだ酔わない』角川書店・2013)

 主人公・坂月蝶子(さかづき・ちょうこ)は「戸山大学」の学生です。「岩隈定信」が創設者で、「岩隈講堂」もあるという大学だそうですから、早稲田大学がモデルであることは明らかです。ミステリー好きの蝶子が「推理研究会」と間違って入ってしまったのが「スイ研」。ひたすら酒を飲むという「酔理研究会」でした。

 サークルの先輩たちの中で蝶子が気になっているのが神酒島(みきしま)という先輩。勧誘された時の言葉や彼の瞳に対して蝶子は強烈な印象を受けました。酔いながらも神酒島の脳細胞は抜群で、発生する不可思議な事態の真相を見抜いていきます。赤い月の夜、戸山公園(箱根山地区)での飲み会でも奇妙なことがありました。神酒島の推理ならぬ「酔理」が楽しみです。

 

佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店・2017)

物語の主要登場人物の1人・三角哲彦(みすみ・あきひこ)は八戸市生まれ。東京の私大を1980年代後半に卒業し、大手の建設会社へ、といった順調な人生ですが、大学を1年留年しています。その理由は人妻との恋愛でした。

 高田馬場のレンタルビデオ店でアルバイトしていたとき、雨宿りしていた美しい年上の女性と出会いました。彼女とは後に早稲田松竹で再会します。瑠璃という名前とその由来(瑠璃も玻璃も照らせば光る)を教えてもらいました。次の水曜日にまた早稲田松竹で会うことを約束します。

 映画館を出た彼らの道行きが記されています。彼女の家があるという沼袋へ向かうために2人が歩いたルートです。早稲田通りから明治通りへ、さらに新目白通りへ。沼袋へと向かうには、ちょっと遠回りの道筋ですね。

 その後2人は世間をはばかる男女の関係になります。瑠璃は言いました。三角が自分のことを負担に感じて、冷淡になった時は死んで若い美人に生まれ変わり、三角と出会う、と。月のように死んで生まれ変わり、おじいさんになっても三角を誘惑する。月の満ち欠けと同様、生と死を繰り返すのだ、と。

 

 再び山手線の外側へと歩を進めることにします。西武新宿線が走るすぐ近くに、綺麗な湧水を有するおとめ山公園(下落合2丁目)があります。2003年に「東京の名湧水57選」の1つに選ばれています。そのきれいな水を利用してホタルが飼育され、鑑賞会も催されていますね。江戸時代は将軍の鷹狩り場として、一般庶民の立ち入りを禁じた「御留(おとめ)」の山でした。 

蒼月海里『華舞鬼町おばけ写真館 祖父のカメラとほかほかおにぎり』(KADOKAWA・2017)

他人の視線が怖いという、対人恐怖症の大学生・久遠寺那由多(くおんじ・なゆた)は、ある日物置から祖父の遺品のインスタントカメラを持ち出します。祖父は生前、カメラマンでした。不思議なことに、那由多がこのカメラで風景を撮ってみると、その場所の昔の姿が写真に現れました。その不思議がきっかけとなり、那由多は謎の街・華舞鬼町(かぶきちょう)に迷い込みます。その総元締めである狭間堂(はざまどう)という長身の青年から、ここは「おばけの街」であると説明され、君を歓迎すると言われました。その街にいるのは「あやかし」たち。昔の風景が写る那由多のインスタントカメラですが、その不思議を必要とする、この世ならざるものもいました。街の出口近くにたたずむ老婆もその1人です。老婆は思い出の場所に行きたがっているようです。彼女から話を聞いた那由多たちは、それはひょっとしたらおとめ山公園ではないかと考え、その地に向かうことにしました。

 

佐川光晴『あたらしい家族』(原題『家族芝居』文藝春秋・2005)

この物語の主要舞台である老人グループホーム「八方園」は新宿区上落合に設定されています。中井駅からあまり遠ざからず、近くに急な坂があり、その先に小さな商店街がある場所。銭湯も近くにあるようです。

 八方園には女性ばかり計7名の高齢者がいます。ほとんどが認知症とは無縁で、すこぶる元気が良い人たちです。八方園は元々は下宿屋でしたが、次第に他に行き所のない一人暮らしのおばあちゃんたちが集まりだし、最終的に現在の形になりました。

 この老人グループホームの成立や維持運営については、後藤善男(ごとう・よしお)という30代の人物を抜きには語れません。長身で独特の風貌を持つこの男性は、元役者であり北海道で結婚もしました。それがなぜ上落合で介護福祉士をしているのかについては、それ相応の事情があるようです。

 善男は毒舌。おばあちゃんたちに対して平気で悪口雑言を吐きます。でもその口の悪さは決して相手を傷つけるものではありません。おばあちゃんたちも平気で言い返しますし、時に微妙になる彼女たちの仲をとりもつ潤滑油の役割も果たします。

 物語のほとんどは善男の18歳下のいとこと、八方園の経理を担当する30代の女性の視点によって描かれます。善男に振り回されつつおばあちゃんたちと関わっていくうちに、彼らはこのグループホームに魅力を見いだしていきます。

 この物語には、西武新宿線下落合駅から高田馬場駅に向かう途中に見えるという神社も描かれます。地図で見ると、そのモデルは下落合氷川神社のようです。善男はその神社でちょっと困ったことをやらかしました。

 

 これで今日の散歩はおしまいです。お疲れ様でした。