新宿西口高層ビル群など

 高層ビルが建ち並ぶこのあたりには、かつて淀橋浄水場という施設がありました。1898(明治31)年に完成し、1965(昭和40)年に廃止されています。ウィキペディアによれば、面積は103,558.75坪で、約34万㎡の広さを誇りました。参考までに、東京ドームは約4.7万㎡です。

 当時の建物はほとんど残っていませんが、新宿中央公園に立つ六角堂(左画像)はその当時の貴重な建造物です。新宿エルタワー近くには、かつて浄水場の正門があり、現在はそれを示す碑(上画像)が置かれています。浄水場が現役だった頃を舞台にしている物語をまずは紹介しましょう。

した。

三木笙子『竜の雨降る探偵社』(PHP研究所・2013)

  1955年前後が舞台になっています。中心人物は2人の若者、水上櫂(みなかみ・かい)と和田慎吾(わだ・しんご)。2人は同郷で、櫂は竜神をまつる神社の若き神主でしたが、現在は新宿の裏通りで探偵社を営んでいます。櫂が故郷を去った事情について、慎吾には何か負い目があるようです。第二話「沈澄池のほとり」で、淀橋浄水場が舞台となります。慎吾の持つ建設会社が貸した邸宅が、麻薬の精製場所に使われました。警察から慎吾の会社も麻薬団と関係があるのではないかと疑われ、主犯の男も逃亡中です。同じ頃、櫂は淀橋浄水場の場長から依頼を受けました。場内の沈澄池に若い女性が身を投げ、彼女を思う友人女性がほぼ毎日沈澄池を訪れるようになったが、心配なので気にしてあげてほしい、という依頼内容でした。1週間後、櫂と慎吾は場長に迎えられ、浄水場の中を歩きます。(画像はかつて沈澄池が存在したあたり)

 

 当時の濾過池や沈澄池の底面の高さから現在の高層ビルの1階が始まっているのだということ、時折テレビの情報番組でも語られます。次の作品にも記されていました。 

 

長谷川町蔵『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーネットワーク・2019)

 江戸の町づくりに陰で力を発揮したという陰陽師の末裔、囲間鴎(かこいま・かもめ)・楽(らく)・雨(あめ)3姉妹の活躍を描きます。敵は東京に住む人々のストレスが集積してできた悪霊の塊。都内各所が舞台となって除霊を行いますが、第五話「タイニー・ダンサー」の主役は楽。舞台は新宿です。

 インテリアコーディネーターという「表」の職業を持つ囲間楽は、クライアントの男に指定された待ち合わせ場所・新宿三井ビルディング下の広場(画像)に向かいました。しかし、赤城照夫と名乗ったその男は、楽の「裏」の方の力を求めていました。

 楽の持っている超能力、名付けて「歴史の勉強」が面白い。両手の人差し指と親指とで四角い枠を作り、その枠を通じて景色を見。頭の中で数字を数えます。すると、数えた数字だけ年代が戻った景色が枠の向こうに見えるのです。

 楽のこの力は武器にもなります。景色が過去に戻ったら、指でできたファインダーを懲らしめたい相手に重ねます。そうすると相手はその景色のある、過去の世界に送りこまれてしまいます。3分ほどで現在に戻ってくるのですが、使い方によっては十分相手にダメージを与えることができます。新宿高層ビル付近で、楽がこの能力を使って相手を過去にすっとばして懲らしめるなら…どんな効果が期待きるでしょうね。 

 

山内マリコ『東京23話』(ポプラ社・2015)

 多くは「区」自身が自らの区についての話題(関係人物・庭園・団地等)を語る、ユニークなストーリーです。新宿区は京王プラザホテルが語り手として登場し、自分自身を含めて、淀橋浄水場跡地にニョキニョキと建っていった高層ビル群とその印象とを振り返ります。

 京王プラザホテルに続いて建ったのは、三角柱の形が個性的な新宿住友ビルディング。先輩として温かく迎えたつもりなのに、帰ってきたあいさつはかなりぶっきらぼうでした。相手の応対に驚いた京王プラザホテル、この後輩はいわゆるシラケ世代なのだろうか、と思いました。でも住友ビルにとって、無愛想なのはそれなりの理由があったようです。

 

西新宿の地上40階以上の高層ビル完成年表(完成年代順)

1971年 京王プラザホテル 

1974年 新宿住友ビルディング 

 同上  新宿三井ビルディング 

1976年 損保ジャパン日本興亜本社ビル(旧安田火災海上本社ビル)

1978年 新宿野村ビルディング

 

 西口高層ビル群の更に西には緑豊かなエリアが広がっています。先ほど名前を出した新宿中央公園です。新宿区の区立公園の中では最も広いとのことですが、1968年の開園当時は都立公園でした。区立になったのは1975年です。

 ここが印象的に描かれた作品で、個人的にまず真っ先に思い浮かぶのは、直木賞受賞作にもなった藤原伊織『テロリストのパラソル』(講談社・1995)ですが、今回は違う作品で散歩することにしましょう。 

 

伊岡瞬『ひとりぼっちのあいつ』(文藝春秋・2015)

 新宿中央公園にある「新宿ナイアガラの滝」(画像)近くのベンチで、40歳前後の男が炊き出しでもらったと思われるうどんをすすっています。直後、奇妙な光景が。男のうどんに入っていた天ぷらが何と宙に浮いています。実はそれは、その男の持つ超能力による現象でした。男の名は大里春輝(おおさと・はるてる)。

 その力を春輝は小さい頃から身につけていました。小学4年の時、ある理由によりその力を友人に見せてしまってから、彼はたいへん孤独な人生を歩むことになります。新宿中央公園は、そんな彼の生き方に関係が深い場所でした。

 春輝には実はもう一つ、不思議な力がありました。使ってしまうと春輝の体に大変なダメージを与えてしまうという力。彼はその力を使って、瀕死の状態になっていた男を助けます。この男は実は裏社会の人間でした。春輝の行為、吉と出るのかあるいは更なる凶につながるのでしょうか。 

 

 新宿中央公園の隣には熊野神社があり、さらにその西側には、旧町名で「十二社(じゅうにそう)」と言っていたエリアがあります。現在では大部分が西新宿4丁目に相当します。かつては池や滝があり、料亭が建ち並んでいて、名勝地として栄えました。(下画像はかつて池があった、その近く) 

 

真梨幸子『鸚鵡楼(おうむろう)の惨劇』(小学館・2013)

小学6年生の「僕」の家は、熊野神社近くで洋食屋を営んでいます。店の出前先の一つが、十二社の花街にある「鸚鵡楼」という料亭。「僕」がある夜、出前を持って行った先は芸者置屋で鸚鵡楼のすぐ裏でした。彼はその置屋で、鸚鵡楼の一室で行われていた情事をのぞき見てしまいます。女性はまだ子供で、彼が今いる芸者置屋に住んでいる同級生の「ミズキ」でした。少し後、鸚鵡楼で3人もの死者が出る事件が起きます。 

 

 その後時が移ろい、やがて世紀もまたいで展開されていきます。そして新たな悲劇もまた発生しました。場所はやはり鸚鵡楼に関係する地でした。