神楽坂散歩(神楽坂文学散歩)

 東京理科大もある街・神楽坂。休日ともなれば街歩きの人で大変な人出となり、有名なお店の前には順番待ちの行列ができます。夏目漱石や北原白秋、泉鏡花といった有名作家に関係する場所が多くありますが、やはりここでもぐっと新しい時代の小説を紹介したいと思います。

 

神楽坂散歩については、実際に生徒を連れて行っています。ぜひこちらもご覧下さい

 

 

ヒキタクニオ『上を向いて歩こう』(講談社・2008)

 神楽坂通りを坂上に進んでいくと、左手に毘沙門天を祀る善国寺があります。この物語の主人公・桐山(きりやま)の営む会員制の湯屋「花鳥風月」は、善国寺の裏手、石畳の敷かれた小路の先に設定されています。店の規模はごく小さなものです。神楽坂らしく、元々は大店の旦那が芸者衆の専用にと作った湯屋でした。その後持ち主が転々とし、現在は桐山が所有しています。改装の時に、カウンターバーもしつらえ、雰囲気の良い湯屋になりました。

 自ら酒肴を作り、カウンターにも立つ桐山は明るく気さくですが、三白眼で少し強面の雰囲気です。それもそのはず、桐山は以前、裏社会で生きていた人間でした。10年程前に廃業し、湯屋を始めたのです。

 

 湯屋の客も個性的です。たとえば定年退職1年目の藤本(ふじもと)。彼は神楽坂界隈の一方通行路をすべて頭に入れていて、違反する車がいないか、日夜自発的な監視をしています。違反車両には警笛を鳴らし、バックさせます。周りは彼に「一通大臣」なるあだ名を奉りました。正義感に燃えたその指導は徹底しており、時に相手に「逆ギレ」されることにもなります。通りかかった桐山に救われたこともありました。

 なぜ藤本はそうまでして一方通行指導に燃えるのでしょうか。それにはちょっぴり哀しい理由が関係していました。

 

西條奈加『無花果の実のなるころに』(東京創元社・2011)

 物語の語り手「僕」こと滝本望(たきもと・のぞむ)は中学生の男子。神楽坂は本多横丁の中ほどにある小さな履き物店で、祖母の「お蔦(つた)さん」と暮らしています。父親が札幌に転勤になり、母親も一緒に北海道に行ってしまったからです。「お蔦さん」は元芸者。豊かな人生経験から来るものでしょう、彼女の言葉は説得力があり、物語の中で大きな存在感を示しています。探偵としても優秀。物語の中で発生する奇妙な出来事に関して謎解きをします。

 新宿区内で通り魔事件が連続発生していました。被害者は女性ばかり。犯人は自転車に乗って後ろから近づき、思い切り蹴飛ばして逃げていくのだそうです。5人目の被害者が出たのが地蔵坂(画像)でした。付近をうろついていた人物が警察官に問い詰められ、自分がやったと言ったそうです。木下薬局の息子であり、望の幼なじみである洋平でした。望は絶対違うと考えます。誰かをかばっているのだと。

 

加藤実秋『ご依頼は真昼のバーへ』(角川書店・原題『黄金坂ハーフウェイズ』2011)

3代続いて神楽坂に住んでいる今村隼人(いまむら・はやと)は就職浪人中。福岡の大学を卒業後、神楽坂に戻ってきました。再会したかつての同級生・田部井楓太(たべい・ふうた)から1軒の立ち飲みバーを紹介されたところから物語が動き始めます。「えんま坂」の坂下近くにあると設定されているこのバーは「HOLLOW(ホロウ)」といい、会員制で営業時間が8時から16時までというのが変わっています。このバーで知り合った神楽坂の芸者から頼まれたことがきっかけとなり、隼人は神楽坂の街で起きた謎の解明に乗り出すことになってしまいました。それぞれの章で発生する出来事とは別に、隼人は過去に何か大きな事件に遭遇しているようです。それは身近な人の死に関係していて、隼人の心の闇となっています。その内容が読み進むに従って、次第に明らかになる仕組みです。

 

 最終章には外濠の水上にあるというイタリアンレストラン「MOAT・CAFE(モート・カフェ)」が登場します。描写からしても実在する「CANAL CAFE(カナル カフェ)」をイメージしているとわかります。「ホロウ」のバーテンダーであるイズミをつけ回す不審な人物を捕まえて欲しいと依頼を受けた隼人は、楓太とともに、「モート・カフェ」でくつろぐイズミの周囲を双眼鏡で眺めます。まもなくイズミから隼人の携帯に、その人物が現れたと連絡が入りました。

 

小嶋陽太郎『友情だねって感動してよ』(新潮社・2018)

6つの短編からなる物語。東京メトロの神楽坂駅近くに赤城神社あかぎ児童遊園がありますが、作品にはこれらがモデルと思われる場所が頻繁に登場します。たとえば初編の「甲殻類の言語」。

 語り手の「私」こと海老原莉子(えびはら・りこ)は女子高生です。可児遥香(かに・はるか)と貝原京一(かいばら・きょういち)というのが彼女の幼なじみで、今も同じ高校に通っています。可児は人付き合いが苦手なので、彼女がクラスで孤立しないようにフォローするのが、中学校までの「私」と貝原の役割でした。高校に入るとクラスがバラバラになり、フォローが不十分になります。すると可児は学校をサボり始め、エスケープも日常茶飯事となりました。「私」はそんな可児を引き続きフォローしていますが、自分の心の中を冷静に分析してもいます。彼女の心の中にあるのは、不器用な可児を支えてあげることによって得られる自己満足と、周囲からの評価を求める気持ち。心にあるその打算を、彼女は決して悪いとは思っていません。特に京一にはよく思われたいと考えています。

 そんな「私」は、ある日、可児に付き合ってエスケープしました。彼女は神楽坂のパワースポットである「すごい神社」に可児を連れて行きます。「青木神社」という名前だそうです。気乗りしない可児ですが、「私」と一緒に何かを祈り、一緒に絵馬も書きました。「私」の願いは「可児の願いがかなうこと」ですが、これも友達思いの自分に酔うための行為でした。

 神社を出た2人は周囲を散策。見つけた小路の先に、巨大な象の像がある公園を見つけました。子供の遊び場らしくない、陰鬱な雰囲気のある「変な公園」でした。

 

古川日出男『サウンドトラック』(集英社・2003)

 小笠原の無人島に流れ着いた幼い男の子と女の子(後に「トウタ」と「ヒツジコ」と命名される)それぞれについての物語と、新小川町に生まれた「レニ」の物語という、3つの大きな流れがあります。それらがどのように関係してくるかも読みどころです。

 神楽坂に関係するのはレニの物語です。2007年、レニは13歳。作品の成立年からわかるように、未来の物語となっています。7月の平均気温が37度を軽く超えるようになった東京。エネルギー事情と経済状況の変化により、低賃金労働力の需要が急増。海外からの就労者が爆発的に増えていきました。それに併せて入管法や外国人登録法も改められます。レニの住む新小川町及び東五軒町・西五軒町はアラブ人の街となり、レバノンと称されました。看板には日本語とアラビア文字とが併記され、銭湯はアラブ風の公衆浴場に様変わりしています。日本語とアラビア語のバイリンガルであるレニは10歳で小学校に通うのをやめ、このエリアでたくましく生きています。レニの性別は届け出としては男ですが、本当のところは不明。男と女をエリアによって巧みに使い分けています。軽子坂や牛込神楽坂駅近くでは女として、横寺町を除く大久保通りの北側では男として。ただし、どちらの性でいればよいのか決めかねる場所もあります。赤城元町がそれでした。(画像はレニがある重要な出会いをする場所のモデルと思われる歩道橋。)

 

 なお、この『サウンドトラック』は、神楽坂近辺の大変詳細な描写に満ちあふれています。作品に出てくる場所については、下の地図をご覧下さい。これでも、全てを網羅しきれていません。物語散歩的にただものではない作品です。