船橋文学散歩です。

 旅する図書館様と船橋の情報ステーション様からお話をいただき、2021年11月14日に実施した散歩で、生徒ではなく一般の方と一緒に歩きました。これまた新型コロナの関係でしばらく実施が見送りとなり、この日にようやく行えました。

 船橋を生徒や保護者と散歩したことはあったのですが、歴史や名所を含めたごちゃまぜ散歩的なものであり、「物語散歩」に特化して船橋を歩いたのは今回が初となります。

 ひと口に船橋と言っても広いですので、そのごく一部の散歩になります。このコースには、川端康成や太宰治といった大御所に関係した場所ありますが、今回はついでに立ち寄る程度で、ほとんど触れませんでした。「物語散歩」は、小説・物語の具体的描写をもとにして街を歩くというコンセプトですので、両氏の残した小説の記載だけを頼りに船橋を散歩することは難しいだろうと考えたからです。結果として、すべて平成・令和の作品のみで散歩することになりました。当日以降に得られた作品情報についても入れてあります。

 まずは散歩地図からお示しします。

渡辺真理子『稲妻のように』(1991 講談社)

  ビビット南船橋(画像)から船橋港親水公園に向けて歩きます。このあたりは渡辺真理子(わたなべ・まりこ)『稲妻のように』に関係する場所です。

 

 鳥井ゆかり(34歳)は銀座に本社のある化粧品メーカー・リビエールの広報課係長です。既婚者で夫・一直(いっちょく)は37歳。コンピューター関係の中間管理職で190㌢近い大柄の男性です。夫婦の間に子どもはいません。

 彼らの住まいは神奈川の上大岡です。夫は妻が忙しく働いていることに良い気持ちを持っていません。夫婦はゆかりが23歳の時に結婚。3年目にマンションを購入。ローン返済のため、妻はアルバイトに出ました。それが後に正社員として雇用されるまでになりました。

 

 物語が動き出すのは彼らのところに掛かってきた一本の電話がもとでした。内容は「イガラシミワが自殺未遂」ということで、ゆかりには何のことやらわかりません。それを聞いて飛び出して行く一直。呆然とするゆかり。

 しばらくして夫から突然、別れてくれないか、と切り出されました。その後、一直はスーツケースを持って出て行ってしまいます。

 ゆかりはショックで失語症になってしまいました。仕事にも支障が出ます。

 

 リビエールの経理を担当する経営コンサルタントで、リビエールのPR紙も作っている助川という男性がいます。ゆかりは出向という形で助川の事務所に勤めることになりました。彼の事務所は船橋にあります

 

 

 その事務所がある場所は作品の描写によれば、この画像にある商店街(浜町商店街)がモデルのようです。「助川経営コンサルタント事務所」は、この商店街のはずれに位置します。

 

 ゆかりは今の我々とは逆の方向から来て、この商店街に入りました。記載によれば、24軒ずつの店が向かい合う商店街とのこと。商店街入口にある店舗の案内図を見ると、確かに24軒と数えることができそうです。

 

 さきほど、ゆかりは逆の方向から来たと書きました。ゆかりが船橋への移動手段として選んだのは船でした。彼女は山下公園から乗船し、着いた場所がこの先、ららぽーと桟橋でした。

 

 

 川の中に迫り出すかっこうで、玩具みたいな桟橋が取り付けられている

 

 と描写にあります。ぜひとも行ってみたいと思います。突き当たりが船橋港親水公園です。この先に桟橋があります……と言いたいところですが、かつてららぽーと桟橋と横浜大桟橋を結んでいた航路、すでに閉ざされています。ウィキペディアによれば、コーストウェイズという会社が運営していました。閉鎖は2000(平成12)年後半のことのようです。

 ゆかりが住むことになるのは助川の従業員宿舎「ネプチューン助川」です。木造二階建てのアパートでした。事務所で挨拶を終えたゆかりは、助川の妻とおぼしき女性に案内されて、その場所に向かいます。女性は「川岸のコンクリートの壁の切れ目にできた道」に入って行きました。水門の上を通る道のようです。実在します(画像)。 

 

 この先に「ネプチューン助川」が設定されているのですが、そろそろ次の作品に移りましょう。

 

水生欅『君と奏でるポコアポコ』(2020・新潮社)

 ゆかりと同じ進行方向に行くと広い道路に出ます。JR船橋駅南口のロータリーから続く道で、ゆかりも渡っています。彼女と同じように渡ってしばらく行くと、船橋市役所の建物があります。そしてすぐその先に船橋市消防があります。ここは水生欅(みずき・けやき)『君と奏でるポコアポコ』の重要な舞台です。

 

 頑強な五階建て」で、「ライトグレーの壁面」を持っていると描写されています。消防士の訓練の様子も書かれていました。

 

 私立和田大学附属高校の栗原優芽(くりはら・ゆめ)は、新人消防士である兄に頼まれ、消防音楽隊に市民隊員として参加しようとしています。彼女は小・中と六年間吹奏楽部でフルートを吹いていましたが、高校では入部していません。でもフルートは吹きたい。そんな彼女にとって兄の頼みは渡りに舟。小中学校時代の吹奏楽仲間である笹木智子(ささき・ともこ)を誘って参加しました。

 どうやら新人隊員は皆消防音楽隊に入らねばならないようで、それを快く思っていない新人もいます。それどころか、消防音楽隊をつぶそうと思っている人も。消防音楽隊は「『火災予防の広報』を目的とした、消防の業務の一つに過ぎない」そうですから、無理ありません。

 

 なかなかチームワークが良くならない音楽隊がどのようにまとまっていくのかが読みどころの小説です。

 

森沢明夫『きらきら眼鏡』(2015・双葉社)

 森沢明夫(もりさわ・あきお)『きらきら眼鏡』は映画化もされた知名度の高い小説なので、ご存じの方も多いと思います。

 物語の主人公「僕」は立花明海(たちばな・あけみ)、25歳。都内にある会社の営業担当です。彼はJR西船橋駅北口近くにある古本屋によく行きますが、ある日安価で買った本の中に、本の前の持ち主の名刺が挟まっているのに気づきました。女性でした。

 その後いろいろあっって、明海はその女性・大滝(おおたき)あかねと会いました。明海より5歳年上です。初対面の時から、明海はあかねを好ましく思います。その後も会う機会を得、会話をすればするほど、明海はあかねにどんどん惹かれていきます。

 あかねには深く愛し合っている相手がいました。しかしその相手は現在、病気で入院、余命宣告を受けているとのこと。あかねからその事実を知らされた明海は、当然心が乱れます。

 一方、明海のことを想っている女性もいました。会社の1つ上の先輩・松原弥生(まつばら・やよい)です。明海は弥生の気持ちにうすうす気づいています。

 明海は心に「闇」をかかえてもいます。それは彼の子供時代にいじめをうけたことに起因するものでした。これらの糸がからみあうことで、物語は展開していきます。

 

 物語散歩的にはまさに船橋市が中心。特に明海の住む西船橋駅付近は歩きがいがあります。三番瀬海浜公園についても詳しい。ただ、さすがに今回のエリア外になります。今日のコースに関係する、もしくは近いところでは2カ所のようです。1つはJR船橋駅構内にあるさざんかさっちゃんの像

明海があかねと待ち合わせをした場所です。もう1つは、彼らが待ち合わせ後、入ったお店。「桃龍門」(とうりゅうもん)という中華料理店です。

 作品では特にこのお店の料理を初めとする描写が充実していて、思わず訪れたくなります。ただ、この「桃龍門」はすでに閉店し、その店が入っていたビルがあるだけ、という状況になってしまいました。これまた本当に残念です。 

 

原宏一『女神めし 佳代のキッチン2』(2015 祥伝社)

本町通りに出て、東に向かいます。左手に船橋市中央図書館が見えてきました。ここは原宏一(はら・こういち)『女神めし 佳代のキッチン2』に描かれていました。

 主人公の佳代(かよ)は、軽ワンボックスカーの荷台を改造した厨房車で調理屋をしている30代の女性です。現在は、ある目的をもって全国の港町をめぐっているところです。彼女が船橋を訪れるのは第三話「ミンガラーバー!」においてです。ホンビノス貝がまず出てくるのがいかにも船橋的です。

 佳代が中央図書館を訪れたのはミャンマー料理に関する情報を得るためでした。図書館が「一階にスーパーが入居しているビルの二階に」入っていることに「変わった場所にあるものだ」という感想を抱いています。まあ、その気持ち、わかります笑。

 本町通りの先にある船橋大神宮についての描写もありました。

 

よしもとばなな『ふなふな船橋』(2015・朝日新聞出版)

 今は「吉本ばなな」に戻りましたが、「よしもとばなな」で作品を発表していた時期があります。その時代の最後の小説が『ふなふな船橋』です。

 

 物語の主人公は立石花(たていし・はな)は「じき二十八歳になる」女性。母の妹である「奈美(なみ)おばさん」と同居しています。奈美の買った3LDKです。海老川沿いにあるグランドフォレストというマンション。花は大手の書店で働いていましたが、その後、その書店などの経営する本のセレクトショップの店長になりました。本が大好きな女性です。

 

 花の家族は父親の事業失敗で離散し、花は奈美のところに避難しました。花が居候している「奈美おばさん」というのは40代の美しい女性で、社長第二秘書をしています。定期的に外泊しているので誰かと付き合っているようですが、それが誰はわかりません。

 

 花は奈美のマンションに住むようになって以来、同じ夢をよく見ます。夢の中で花は小さい女の子で、同じマンションの同じ部屋にいます。ちがうのはそこにもう一人、10歳くらいの女の子がいること。女の子は絵を描いており、その絵には「はなこ」と記されているので、それがその子の名前のようです。

 

 花には交際をしている俊介という男性がいます。船橋に住んでいますが実家は長野の高級おそば屋さん。彼はインターネット支店の店長ですが、やがては長野に帰ると思われます。花は彼からいつか求婚されるだろうと思っており、その時には今の仕事を辞めることになるだろうと思っています。

 

 この物語では実在する飲食店が多く出てきます。全てはまわれませんので、今回のコースで見ることができるお店2軒の前を通ることにいたします。大輦おかめ寿司で。ちゃんと営業していますよ笑。

『ふなふな船橋』で、主人公・花の一番の友達は海老側の反対側に住む幸子(さちこ)です。花より少し年上の32歳。家から出ない生活をしています。「幸子の家は、うちのマンションから歩いて一分くらいの川の反対側。太宰治が船橋にいた頃に住んでいた家の付近にある」そうです。花は、ある大きな出来事が起きたその足で、幸子の家に向かっています。

 ですので太宰治の旧居跡にも行きましょう。

 

 このあたりには太宰治に関係する場所が旧居跡以外にもいくつかあります。『ふなふな船橋』にも「太宰治がツケをふみたおした薬局や書店や」などと記されていました。また、御殿通りに面して赤い鳥居の立つ御蔵稲荷境内にある説明板にも太宰治のことが記されています。  

 

 海老川をまた渡りましょう。栄橋九重橋を見たいと思います。栄橋の上には、やなせたかし作詞の「手のひらを太陽に」の歌詞を刻んだオブジェがあります。別に作詞者が船橋に関係があるという訳ではありません。海老川の橋には一つ一つコンセプトがあり、この栄橋のそれは「音」。歌としてふさわしい何かがないかと捜したところ、この歌に白羽の矢が立ったということのようです。九重橋(画像)は太宰治色が強いですね。

 

 さて、太宰治の旧居跡です。民家の前にそれを示す赤い色の石柱が建っています。

 

課長の厄年(1992 光文社)

 今日の後半の中心はかんべむさし『課長の厄年』です。この作品を散歩したいと思います。

 主人公・寺田喬(てらだ・たかし)は日本橋本町にある紡績会社の東京支社の課長。主にユニフォームやワーキングウェアを担当しています。

 家の最寄り駅は東船橋駅なのですが、彼は船橋駅へと歩いてから新日本橋駅まで快速で通います。国立大学を出て就職、結婚、現在二児の父親と、まず順風満帆な人生を送ってきました。しかし、40代前半になったところですこ~し悩みが増えてきました。教育観の違いによる妻との不和、部下に対する不満。極めつけは大阪府豊中市の実家にいる父親が高血圧で倒れたことです。母親だけでは看護が大変なので、寺田の姉や、寺田の妻も交代で豊中に行く必要が出てきました。厄年を迎える年齢だからか、何をやってもうまくいかないのでめげてきます。

 彼は打開策を考えました。自分の夢や希望、注意すべきこと、これから実行していこうと考えることなどを一つ一つカードに書き込みます。あっという間に百枚ほどになりました。あとはこれをどうやって自分のものにしていくか、その方法を考えることです。

 彼は自身が受験勉強をしていたころの世界史年表記憶術を思い出しました。自分の家から駅まで歩く道筋、そこに見えてくる風景と世界史の事件とを結びつけて覚えていくという方法でした。その方法はうまくいき、風景を思い描けば自然に世界史の事件が頭に浮かんでくるようになりました。それを今回も利用しようとしたのです。

 彼の家から船橋駅に出るまでの間に見えるものが次々に描写れていきます。

 

・右に宮の湯という銭湯がある。看板にヘルストンとかサウナとか書いてある。

・少し行くと右手が船橋学園の正門。

 

などといった具合です。

 

・もっと行くと、海老川というほんの小さな川にかかる橋。らんかんに、笛を吹いたり踊ったり、メルヘン調の子供人形がならんでいる。

 

 

このような描写が次々と続きます。作品の出された1992年当時の光景と一致すると思われます。現在も変わらずに存在するものもあれば、大きく変化した場所もあります。時の流れを味わうのに絶好の作品だと考えます。

 

シークレット・ハニー(2012 富士見書房)

 もう1作。深見真(ふかみ・まこと)『シークレット・ハニー』です。いわゆるラノベですね。船橋在住のごく平凡な男子高校生・飯田五十六(いいだ・いそろく)の周囲になぜか美少女たちが集まり、接近を図ろうとします。彼女たちの正体はアメリカ、ロシア、中国の工作員。なぜそんな者たちが真に近づこうと躍起になるのか、それには深い秘密があるようで…。というストーリー。この真クン、読書が大好き。村上春樹やドストエフスキーも読んでいます。週に3日アルバイトをしていますが、その場所は「船橋駅前の本屋『みのり書房』」です。

 

 地下一階が倉庫と駐車場、地上一階が小説や雑誌の売り場、二階が漫画、三階がゲームソフトとレンタルDVDショップ、四階が書店の事務室というビルになっている。

 

 だそうです。自然とときわ書房(画像)が思い浮かびます。するとやはり、あとがきにそこに行って取材した旨が記されていました。納得です。可愛らしく、かつお色気満点のイラストもふんだんにあり、ラノベらしい印象ですけれど、うなずける表現もあります。読書量が多ければ自分の心を整理する言葉も増えて今の自分がどのような状態であるのかきちんと把握できる、という主人公・真の独白部分など。

 

 これで今回の散歩は終了です。お疲れ様でした。なお、このままJR船橋駅コンコースを歩いて、『きらきら眼鏡』でちょっと触れたさざんかさっちゃんの像を見ながら北口方面に抜けたならば、

そこは穂波了『月の落とし子』(2019 早川書房)で描かれた場所になります。もし機会がありましたら、作品の描写をもとに歩いてみていただければと思います。